「最後の5mで、急に頭がぼーっとしてきました。ただ息を止めているだけなのに、なぜこんなに苦しくなるのでしょうか」
この記事は、素潜りの浮上中に苦しさやめまいを感じた方に向けて書いています。急浮上は危ないのか、という不安に答えます。
答えから言います。素潜りで急浮上しても、肺が破れる心配はほぼありません。 危ないのは逆方向です。浮上中に酸素分圧(酸素の濃さを示す値)が急に下がり、気を失う「浮上時ブラックアウト」(浮上中の酸素不足で意識を失うこと)が起きます。
持ち帰りは3つです。
- スクーバの急浮上が危ないのは、圧縮空気を吸っているからです。 水面で吸った空気だけの素潜りでは、圧縮空気を吸わない限り肺の中のガス量は増えません
- 素潜りで本当に危ないのは、浮上中の酸素分圧の急落です。 気を失う人は、水面まで残り10〜5mに集中しています(PADI)
- 実測でも裏づけられています。 浮上直後のSpO2(血中酸素飽和度)は、浅い潜水で平均74%、深い潜水で平均58%まで下がります(Mulder 2023)
スクーバの急浮上はなぜ危ないのか
スクーバダイバーが肺を痛めるのは、ボイルの法則(気体の体積は圧力に反比例するという法則)のせいです。水中で圧縮空気を吸うと、肺の中のガス量は水面より多くなります。息を吐かずに浮上すると、周りの圧力が下がるぶんガスが膨張し、肺を傷つけます。
NIH(米国立衛生研究所)のStatPearlsは、水深10mで6リットルの肺に圧縮空気を満たした状態を例に挙げています。息を吐かずに浮上すると、水面では12リットルまで膨張する計算です。
圧縮空気を吸わない限り、肺の中のガスは増えない
素潜りは、水面で吸った空気だけを持って潜ります。潜降中に肺は圧力で圧縮されますが、浮上すればまた元の体積に戻るだけです。StatPearlsは肺の過膨張障害がスクーバでも素潜りでも起こりうると一般論で書いていて、素潜り中の条件までは明示していません。それでも、圧縮空気を吸わない限り肺の中のガス量は潜る前より増えないと理解しておいてください。
素潜りの浮上で本当に危ないのは何か
素潜りの浮上で起こるのは、逆方向の変化です。深いところでは周囲の圧力が高く、肺の中の酸素分圧も高く保たれます。浮上して圧力が抜けると、同じ量の酸素でも分圧は急に下がります。
DAN(ダイバーズ・アラート・ネットワーク)の説明はこうです。浮上の最終局面で相対圧の低下が最大になります。そのタイミングで意識喪失が最も起きやすいのです。これが「浮上時ブラックアウト」です。PADIは、ほとんどの浮上時ブラックアウトが水面まで残り10〜5mの範囲で起きるとしています。
浮上後のSpO2はどれくらい下がるのか
Mulder氏らの2023年の研究では、浮上直後のSpO2最小値は浅い潜水で平均74%、深い潜水で平均58%まで下がりました。深い潜水をした被験者の一部は、SpO2が65%以下という重度の低酸素状態になっています。
中心表 ー スクーバと素潜りで浮上時に何が起きるか
| 項目 | スクーバ(急浮上) | 素潜り(浮上) |
|---|---|---|
| 危険の方向 | 肺の過膨張(ガスが増える) | 酸素分圧の急落(酸素が減る) |
| 根本原因 | 圧縮空気を吸っている | 水面で吸った量しか持たない |
| 障害名 | 肺の過膨張障害/動脈ガス塞栓症(血管に気体が入る障害) | 浮上時ブラックアウト |
| 起きやすい場面 | 浅いほど圧力比の変化が急 | 水面まで残り10〜5m(PADI) |
| 実測の数値 | 水深10mの6Lが水面で12Lに膨張 | SpO2平均74%(浅い潜水)/58%(深い潜水) |
表の危険の方向は逆でも、深度が浅くなるほど変化が急になる点は共通しています。だからこそ、どちらも最後の数mに集中力を残しておく必要があります。
減圧症の心配もあるのか
条件つきであります。深い深度を短い休憩で何十回も繰り返す潜り方に限られ、通常の浮上1回だけでは主な心配ではありません。詳しくは素潜りでも減圧症になる?にまとめています。
肺スクイーズとは違うのか
違います。肺スクイーズは、深い潜水で肺が圧迫されて起こる損傷です。浮上時ブラックアウトとは、原因も対処もまったく別の話です。
深さと相関するが、閾値は人によって違う
Patrician氏らの2021年の研究では、肺の超音波検査で見つかる異常所見(Bラインスコア)は潜水の深度と相関していました。ただし、どの深さから起こるかという閾値には個人差があります。ふだん潜っている深度が浅いなら、この記事の主題ではありません。
スクーバの資格がある方はフリーダイビングはスクーバと何が違う?を読んでください。「吐きながら浮上」のルールの読み替えを説明しています。浮力の管理に不安がある方は、素潜りで潜れない、浮いてしまう?も合わせて読んでください。
この記事で確認できなかったこと
- AIDA(国際団体)が定める浮上時のプロトコルの原文
- 素潜り中にガス源から空気を吸った場合に動脈ガス塞栓症が起こるかどうかの一次データ
次の一歩
- 浮上の最後10〜5mが、最も気を失いやすい範囲だと知っておいてください。 苦しくなってから急いでも、ここで差は縮まりません
- 一人で潜らないでください。 バディ(一緒に潜って水面で見張り合う相手)に水面で見守ってもらい、浮上後も呼吸が落ち着くまでそばにいてもらってください
- 気を失った人を見つけたときの手順は、事前に確認しておいてください。 ブラックアウトとは?に、水面で見ている人がやることをまとめています
潜る前の共通の注意は安全の原則にもまとめています。
When combined with a vertical dive, the decrease in ambient pressure during ascent further hastens the drop in O2, increasing the risk of loss of consciousness. This latter phenomenon is commonly known as “shallow-water blackout,” since loss of consciousness is most likely to occur during the final stage of ascent, where the decline in relative pressure is greatest. — DAN「Hypoxia in Breath-Hold Diving」
本記事は2026年8月23日時点で公開されている医学論文・専門機関の資料に基づく情報提供であり、医学的助言ではありません。個別の体調や潜水計画については、指導団体の講習や医師にご相談ください。
