「スクーバのライセンスは持っているんですけど、フリーダイビングって全然別物ですか」
海の中に慣れている方からの、この質問が意外と多いです。オープンウォーターを取って、何十本か潜って、器材も一式あります。それでもフリーダイビングの動画を見ると、自分が習ったことと正反対に見えます。息を止めていて、吐かずに浮上していて、BCD(浮力を調整する袋)も付けていません。
この記事は、スクーバの経験があって、これからフリーダイビングを始めてみたい方に向けて書きました。答えから言います。別物ではありません。ただ、スクーバで体に入れたルールのうち、いくつかは「タンクがあるから要るルール」でした。 タンクを外すと、そのルールは向きが変わります。
持ち帰りは3つです。
- 「息を止めるな」は、圧縮空気を吸っているから要るルールでした。 水面で吸った分だけで潜って、吐かずに帰ってきます
- ウェイトの考え方が逆になります。 スクーバは「沈める量」、フリーダイビングは「水面で浮いて、10m前後で釣り合う量」です
- スクーバのあとにフリーダイビングをするなら、翌日にしてください。 逆の順番より、こちらのほうが注意が要ります
「息を止めるな」が、なぜスクーバでは絶対だったのか
講習で何度も言われたはずです。息を止めるな、吐きながら浮上しろ。あれは精神論ではなく、タンクの空気の性質から来ています。
レギュレーターは、いる深さの水圧と同じ圧力で空気を送ります。水深10mなら水面の2倍です。その空気を肺いっぱいに入れたまま息を止めて浮上すると、圧力が下がる分だけ肺の空気が膨らみ、肺を傷つけます。これが肺の過膨張障害です。
DANの解説は、この違いの核心を1文で書いています。息止めで潜る人の肺は、潜るにつれて小さくなる、という一文です。
the lung volume of a breathhold diver becomes smaller with the descent in the water column. — Divers Alert Network, Lung Expansion Injuries
フリーダイビングの肺は潜れば縮み、浮上すれば元の大きさに戻るだけです。水面で吸った以上の空気はどこからも入りません。膨らみすぎることは、原理的に起きません。
代わりに守るものが変わります
では何でも自由かというと、守る相手が入れ替わります。スクーバでは空気の量はゲージで見えました。フリーダイビングの限界は「息を止めていられる時間」で、ゲージに出ません。しかも苦しさの信号は、酸素の不足ではなく二酸化炭素の蓄積で出ます。その仕組みと、潜る前に息を荒くしてはいけない理由は、ブラックアウト(水中で気を失うこと)の記事に書きました。スクーバ経験者が最初に読むべきなのは、ここです。
ウェイトは「沈める量」から「釣り合う深さ」へ
スクーバのウェイトは、BCDの空気を抜いたときに潜降できる量を付け、深さごとの浮力はBCDで合わせます。フリーダイビングにはBCDがありません。調整できるのは、潜る前に付けるウェイトの量だけです。
だから考え方が逆になります。水面では、力を抜いても顔が出て浮くくらいに軽くします。潜っていくと、水圧でウェットスーツの気泡と肺が縮み、ある深さで浮力が釣り合って、そこから先は沈みます。この「釣り合う深さ」をどこに置くかが、フリーダイビングのウェイト合わせです。
PADIの解説では、釣り合う深さの決め方に3つの流儀があります。最大深度の3分の1、最大深度の半分、あるいは10mです。どれにしても、水面で浮くことが先です。スクーバのつもりでウェイトを足すと、水面で浮いていられなくなり、これがいちばん危ない状態です。浮力が深さで変わる理屈は潜れない・浮いてしまうに図で書いてあります。
スクーバのあとにフリーダイビングをするなら
午前はスクーバ、午後はスキンダイビング、という組み合わせは自然です。ここだけは順番に注意してください。
スクーバで潜ると、体に窒素が溶け込みます。その状態でフリーダイビングを繰り返すと、減圧症(溶けた窒素が気泡になって体を傷める症状)のリスクが上がる、というのがDANの見解です。逆の順番、フリーダイビングのあとにスクーバは、浅く穏やかなものなら影響は小さいとされています。
DAN Southern Africaは、スクーバのあとは浅く穏やかなフリーダイビングでも念のため遅らせ、しっかり潜るなら翌日に回す、と答えています。
More aggressive freediving is best left for the next day. The potential negative outcome is simply not worth the risk. — DAN Southern Africa
しっかり潜るフリーダイビングは翌日が最善で、リスクに見合わない、という意味です。「何時間あければいいか」の一律の数字は、DANのどの解説にもありません。深さ・時間・運動の強さで変わるからです。
フリーダイビングどうしの間隔にも目安があります
フリーダイビングだけでも、深く繰り返すと減圧症は起きます。DANのAlert Diverに載った専門家の回答では、水面での休息は潜っていた時間の2倍から始めて、深さに応じて延ばします。1分潜ったら2分以上休みます。これはスクーバのダイブテーブルとは別の、フリーダイビングの側の約束です。
潜り方とキックも、体が覚えているものと違います
スクーバでは、BCDの空気を抜いて足から沈むか、ゆっくり頭を下げて潜降します。フリーダイビングでは、水面で体を二つ折りにして、脚を空中に上げた重さで頭から沈むダックダイブ(頭から折れて入る潜り方)が基本です。最初の数mは浮力に逆らうので、ここで時間をかけると息を使います。
キックも変わります。スクーバの短いフィンは膝を曲げた小刻みなキックで進みますが、ロングフィン(ブレードの長いフリーダイビング用のフィン)は膝を伸ばして脚の付け根から大きくゆっくり動かします。小刻みに蹴ると、長いフィンでは太ももがすぐ疲れます。選び方はロングフィンの記事にあります。
講習は、スクーバの資格があっても同じ入口です
「ライセンスがあるなら初級は飛ばせるのでは」と思う方がいます。飛ばせません。
PADIフリーダイバーコースの受講条件は、12歳以上、十分な泳力、健康であること、の3つです。事前経験は不要と書かれていて、スクーバの資格は条件にも免除の理由にも出てきません。何百本潜っていても、入口は初心者と同じ場所にあります。
これは不利ではなく、むしろ良いことです。講習の中身は、耳抜きの回数と速さの違い、水面で見ている側の動き方、息を止める時間の伸ばし方など、スクーバでは一度も習っていないことばかりだからです。団体ごとの違いは資格はどれがいい?にまとめました。
スクーバ経験者が講習でよく注意されるのは2つです。潜降中に息を吐いてしまうこと(吐いた分だけ潜れる時間が減ります)と、ひとりで潜ろうとすることです。フリーダイビングでは、1人が潜っている間、もう1人は水面で上から見ています。交代で潜るのが基本の形です。
この記事で確認できなかったこと
- スクーバのあとにフリーダイビングをするまでの具体的な時間(DAN本部・DAN Southern Africaとも一律の時間を示していない)
- SSIやAIDAの講習で、スクーバ資格者に免除があるか(PADI以外は公式の原文に到達できず)
- フィンの長さやマスクの容積の、メーカー公式の数値
次の一歩
スクーバの経験は無駄になりません。海の中での落ち着きも、器材を扱う手つきも、そのまま使えます。変えるのはルールの向きだけです。
- ブラックアウトの記事を先に読んでください。 スクーバで習わなかった、フリーダイビングでいちばん大事な話です
- 同じ日にやるなら、フリーダイビングを先にしてください。 スクーバのあとにやるなら、翌日に回してください
- 講習を受けるなら、スクーバの資格は脇に置いて、入口から入ってください。 講習をしている場所は、下の「近くの練習会を探す」から都道府県で引けます
ひとりで潜れる気がするのは、スクーバに慣れている方ほど強い感覚です。水面で見ている人がいるときだけ潜る。海で守ることは、いつでも3つだけです。
本記事はDAN・PADIの公開資料の2026年8月22日時点の記述に基づく情報提供です。潜水の可否は講習を受ける団体の教材と指導者に従ってください。
