「泳げないんですけど、スキンダイビングってできますか」

知恵袋でもSNSでも、この質問をよく見かけます。返ってくる答えは「できますよ」か「やめたほうがいい」に振れていて、たぶんどちらも半分です。遊ぶだけなのか、認定を取りたいのかで、話が変わるからです。

遊ぶだけなら、浮くのは装備の仕事だと思います。5mmのウェットスーツを着ると、それだけで水面で4kgぶん浮かされます。厚みと体格で動く数字ですが、桁は変わらないはずです。最初につまずくのは、浮けないことより沈めないことのほうです。認定を取るなら数値の要件がありますが、見られているのはフィンを履いた水平移動で、クロールの速さは測られません。並べていて意外だったのは、同じ「入門」でも団体によって15mから40mまで開きがあることでした。

では、泳ぎに自信がないまま始めるとき、実際に何を用意すればいいのでしょうか。

  • 遊ぶだけなら、浮くのは装備の仕事です。 ウェットスーツが浮かせ、フィンが進ませます
  • 先に解決が要るのは「顔を水につけられない」だけ。 足のつくプールで、マスクを着けて試してください
  • 認定コースが見ているのは、フィンでの水平移動です。 距離は15mから40mまで団体差があり、クロールの速さは見られていません

ここから下は、その根拠です。急ぐ日は、上の3つだけ持って行ってください。


遊ぶだけなら、浮くのは装備の仕事です

ウェットスーツを着た体は、放っておいても浮きます。ゴムの中に閉じ込められた無数の気泡が、そのまま浮き袋として働くからです。厚さ5mmのスーツであれば、水面で4kg前後の浮力になります(実際の値は厚み・体格・メーカーで動きます)。

つまり水面に浮いていられるかどうかは、泳力ではなく、着ているものの問題です。実際、スキンダイビングを始めた人が最初につまずくのは「浮けないこと」ではなく、その逆で「沈めないこと」のほうです。こちらの理由は潜ろうとしても浮いてしまうのはなぜかに書きました。

移動のほうは、フィンが肩代わりします。ロングフィン(フリーダイビング用の、足ひれが長いフィン)は、脚の小さな動きを大きな推進力に変えるための道具です。素手のクロールが遅い方でも、フィンを履けば水面の移動は成立します。

ここまでをまとめると、遊ぶだけであれば必要なのは泳力そのものではなく、浮く装備・進む装備・見ている人の3つになります。


認定コースが見ているのは「フィンでの水平移動」です

では、資格を取る場合はどうでしょうか。ここには数値の要件があります。ただし内容を見ると、想像とは少し違うものが並んでいます。

入門レベルの認定で求められる水平移動の距離を比べた棒グラフ。AIDA 2 が40m以上、SSI Freediver が100フィート(約30m)、PADI Freediver が25m、RAID Open Water Freediver が15m。一般的なプール1本ぶんの25mに破線を引いてある。
図: 各団体が公開している規格書・コースページの数値から BLUE BREATH が作成。いずれもフィンを着けた水平移動(ダイナミック)の距離であり、素手で泳ぐ距離ではありません。
団体 水平移動の距離 位置づけ
AIDA 2 40m以上 合格要件(at least)
SSI Freediver 100ft(約30m) 規格書上の Level 1
PADI Freediver 25m 目標(Goal)
RAID Open Water Freediver 15m 規定

「泳力」と「水平移動」は別のものです

表の数字は、どれもフィンを着けて水中を水平に進む距離です。息を止めたまま、脚をゆっくり動かして進みます。ここで評価されているのは、速く進む力ではありません。むしろ逆で、少ない酸素で静かに進めるかどうかが見られています。

ですので、水泳が得意な方がそのまま有利になるとも限りません。クロールが速い方は、水中でも力を使って進もうとしがちで、その分だけ酸素を早く使います。プールで速いことと、息を止めたまま長く進めることは、別の能力です。

団体ごとの要件の全体像はフリーダイビング資格 完全比較にまとめてあります。

PADIは、泳力を定義していません

もうひとつ、確認しておいたほうがよいことがあります。PADIの公開ページに書かれている参加条件は “adequate swimming skills”(十分な泳力)という表現だけで、何メートルを何分で、といった定義は載っていません(2026年8月21日に確認)。

つまり判断は、現場のインストラクターに委ねられています。曖昧で不親切に見えるかもしれませんが、裏を返せば「泳げないから門前払い」という運用にはなっていない、ということでもあります。不安があるなら、申し込む前にショップへ直接聞くのがいちばん早い方法です。聞いてはいけない質問ではありませんし、聞かれた側も判断材料が増えて助かります。


「泳げない」には3種類あります

質問と回答がすれ違う原因は、たぶんここにあります。「泳げない」という一語には、まったく性質の違う3つの状態が混ざっています。

  1. 顔を水につけるのが怖い
  2. 水面で浮いていられない
  3. 25mを泳ぎ切れない

このうち、先に解決しておく必要があるのは1つ目だけです。2つ目はウェットスーツが、3つ目はフィンが解決してしまいます。

顔をつけられない場合の順番

いきなり海へ行く必要はありません。足のつくプールで、マスクを着けて顔をつけ、鼻ではなく口から静かに息を吐いてみてください。これができるようになれば、次の段階に進めます。マスクを着けると視界がはっきりするので、素顔で顔をつけるより恐怖が小さくなることが多いようです。

逆に言えば、ここを飛ばして海に出ると、水が怖いまま息を止めることになります。それがいちばん危険な状態です。


最初の一歩は、この順番で踏んでください

  • 足のつくプールで、マスクを着けて顔をつける
  • ウェットスーツを着て、浮く感覚を確かめる(体験コースなら貸してもらえます)
  • 見ている人がいる状態で、浅いところから潜ってみる

この順番であれば、泳力はほとんど関係ありません。逆に、どれだけ泳げる方であっても、海で守ることは安全の約束(3つ)の3つだけという点は共通です。なぜその3つなのかは息を止める練習で、人はなぜ死ぬのかに書きました。


この記事で確認できなかったこと

  • 各団体が「泳げない受講者」をどの程度受け入れているか。 公開された運用実績や統計は見つかりませんでした。本文の「門前払いにはなっていない」は、要件文に数値の定義が無いという事実からの読み取りであって、受け入れ率を示すものではありません。

  • ウェットスーツの浮力の実測値。 本文の「5mmで4kg前後」は一般に流通している目安で、メーカーが浮力を公表している例には行き当たりませんでした。厚み・体格・スーツの経年で動く値です。

  • 日本国内のショップが泳力をどう確認しているか。 事前に泳力テストを課す例、当日の様子で判断する例の両方が見られましたが、割合を示せるだけの数は確認できていません。


次の一歩

「泳げないからできない」ではなく、「何をしたいか」で答えが変わる、というのがこの記事の結論でした。次にやることは、自分がどれに当てはまるかで決まります。

  1. 顔をつけるのが怖い方は、足のつくプールから始めてください。 マスクを着けて顔をつけ、鼻ではなく口から静かに息を吐く。ここだけで、怖さの半分は消えます
  2. 浮いていられない方は、ウェットスーツを着て試してください。 5mmで4kg前後の浮力がつきます。泳力ではなく道具の問題だったと分かることが多いです
  3. 速く泳げないことは、気にしないでください。 力を使うほど酸素を消費するので、むしろ不利になりません

そのうえで、最初の1回は人のいる場所で試してください。下の「近くの練習会を探す」から、自分の都道府県で探せます。守ることは3つだけで、それさえ持っていれば、泳げるかどうかは海の面白さと関係がなくなります。