「スノーケリングとスキンダイビングとフリーダイビング、何が違うんですか」という質問には、たいてい「深さが違う」という答えが返ってくる。間違ってはいないが、いちばん大事なところが抜けている。

3つを分けているのは深さではなく、呼吸を止めた体に、どこまでのことが起きているかだ。水面に浮かんで魚を眺めている体と、水深20mで浮上を始めた体では、心拍数も、血液の量も、肺の大きさも違う。境界線は水の中ではなく、体の中にある。

この記事は、その境界線を査読論文の実測データで引き直す。数値にはすべて出典をつけた(記事末尾)。


まず、実務的な区別

呼び名の定義は、実は国際的に統一されていない。指導団体ごとに線の引き方が少しずつ違う。それを踏まえたうえで、日本の現場で通用している区別はこうだ。

スノーケリング スキンダイビング フリーダイビング
何をする 水面に浮かんで下を見る 息を止めて数m潜り、また浮上する 息こらえで深さ・距離・時間を追求する
主な滞在域 水面 水面〜おおむね5〜10m 10m以深も範囲に入る
器材 マスク・スノーケル・フィン 同左+ウエイト 同左+ロングフィン、ブイ、ランヤード等
訓練 ほぼ不要 耳抜き・浮上の基本 体系的な講習が前提
体に起きること 潜水反射はほぼ起きない 潜水反射が起き始める 潜水反射・脾臓収縮・血液シフトが本格化

PADIは自らのブログでフリーダイビングを “an extreme sport where the diver performs a dive on one breath without surfacing” と表現し、スノーケリングを “a laidback activity”(気楽なアクティビティ)と対置している。同じ「素潜り」でも、要求される訓練の質が違うものとして扱われているということだ。

ここから先が本題になる。「潜水反射が起き始める」とは、具体的に何が起きることなのか。


① 顔を水につけた瞬間、心臓が遅くなる

人間には**哺乳類潜水反射(mammalian dive reflex)**が備わっている。息を止めて顔を冷たい水につけると、心拍数が落ち、手足の血管が締まり、血液が体幹に集まる。酸素を脳と心臓に優先配分する、アザラシやクジラと共通の仕組みだ。

どのくらい効くのか。Andersson らは、空気中で息を止めた場合と、顔を水につけて息を止めた場合を比較している。

“Compared with apneas in air, apneas with face immersion augmented the heart rate reduction from 21 to 33% (P < 0.001) and the blood pressure increase from 34 to 42% (P < 0.05).” — Andersson JP, et al. J Appl Physiol 93(3):882-886, 2002

「水につける」だけで、落ち方が1.5倍になる

空気中で息を止めるだけでも心拍は21%落ちる。顔を水につけると33%まで深くなる。 ここが決定的で、スノーケリングで水面に浮いている限りこの反射はほとんど働かない。顔をつけて、息を止めて、水に入っていく——その動作自体が、体のモードを切り替えるスイッチになっている。

「フリーダイビングは水中でリラックスするスポーツだ」と言われるのは精神論ではない。リラックスして心拍を落とすことが、そのまま酸素の節約になるという生理学的な裏付けがある。


② 脾臓が縮んで、血が濃くなる

さらに面白いのがここだ。息こらえを繰り返すと、脾臓が収縮して貯蔵していた赤血球を血流に放出する。輸血に近いことが体内で起きる。

Schagatay らは、脾臓を持つ被験者と摘出した被験者を比較した。脾臓を持つ群では反復息こらえによりヘマトクリット・ヘモグロビンがそれぞれ6.4%・3.3%上昇し、息こらえ時間が17秒(30.5%)延びた。脾臓摘出者では、この変化が起きなかった。

収縮の大きさは、複数の独立した研究で一致している

  • Baković ら(2003):息こらえ開始直後から脾臓容積が急速に収縮し、約20%減少。2分の回復期を置いても戻らない。
  • Schagatay ら(2005):3回の最大息こらえで容積18%減少、Hb/Hct が 2.4%/2.2% 上昇。
  • Lodin-Sundström ら(2010):同程度の酸素飽和度低下でも、息こらえは脾臓を**34%収縮させたのに対し、常圧低酸素では16%**にとどまった。

数値に幅があるのは、息こらえの回数・水温・刺激の種類が研究ごとに違うためだ。**おおむね「容積で2割前後、ヘモグロビンで数%」**と理解しておけばいい。

1本目より3本目が楽なのは、気のせいではない

実務的な意味は明快だ。ウォームアップの息こらえは気分の問題ではなく、体を潜水仕様に切り替える工程である。


③ 深く行くと、肺に血が流れ込む

深度が加わると、まったく別の現象が始まる。水圧で肺は圧縮される。単純に考えれば、ある深さで肺は潰れてしまうはずだ。そうならないのは、血液が胸郭内に押し込まれて肺の容積を埋めるためで、これを血液シフト(blood shift)と呼ぶ。

発見したのは Schaefer らの1968年の Science 論文だ。実際の潜水中にインピーダンス法で胸郭内の血液量を測っている。

“At depths of 90 and 130 feet blood was forced into the thorax, amounting to 1047 and 850 milliliters respectively.” — Schaefer KE, et al. Science 162(3857):1020-1023, 1968

水深27m(90ft)で約1,047mL、40m(130ft)で約850mL。 リットル単位の血液が胸に集まっている。「深く潜ると胸が締めつけられる感じがする」という体感には、この実体がある。

66mまで潜っても、酸素も二酸化炭素も限界には遠かった

同じ論文には、外洋で水深217.5フィート・225フィート(約66m・69m)まで潜った記録があり、息こらえ終了時の肺胞酸素分圧は36mmHgを下回らず、二酸化炭素分圧も1例を除き40mmHgを超えなかったと報告されている。つまりこの被験者の深度限界を決めていたのは、低酸素でも高二酸化炭素でもなかった。


④ 脳は、最後まで守られる

「息が続かなくなるのは、脳の酸素が足りなくなるからだ」——これは、少なくともエリート選手においては正しくない。

Willie らはエリート息こらえダイバー17名を対象に、最大ドライ・アプネア中の脳血流と酸素供給量を測定した。

“Termination of apnea was not determined by reduced cerebral oxygen delivery; despite 40% to 50% reductions in arterial oxygen content, oxygen delivery was maintained by commensurately increased CBF.” — Willie CK, et al. J Cereb Blood Flow Metab 35(1):66-73, 2015

動脈血の酸素含量が40〜50%も落ちているのに、脳血流が同じだけ増えて酸素供給量は維持されていた。 息こらえが終わるのは、脳が酸欠になったからではない。

では、何が息こらえを終わらせているのか

では何が終わらせるのか。息こらえをやめさせているのは主に二酸化炭素の蓄積による呼吸衝動だ。横隔膜がけいれんし、「もう吸わないと」という強烈な感覚が来る。これは苦しいが、体を守っている警報でもある。

そして次章が、この記事でいちばん重要なところになる。


⑤ なぜ「ハイパーベンチレーション」が人を殺すのか

潜る前に何度も深呼吸を繰り返す——ハイパーベンチレーション(過換気)。息が長く続くようになるので、良いことだと思われがちだ。

これは、警報器の電池を抜く行為に等しい。

仕組み:減っているのは二酸化炭素だけ

過換気で減るのは二酸化炭素であって、酸素ではない。血中の酸素はもともとほぼ飽和しているので、深呼吸を重ねても増える余地がほとんどない。一方、二酸化炭素は簡単に洗い流される。

“Hyperventilation before breath-holding reduces the arterial partial pressure of carbon dioxide (PaCO2) and delays the reemergence of the perceived need to breathe.” — Bart RM, Murray BP, Lau H. Shallow Water Blackout, StatPearls

呼吸衝動は二酸化炭素で起きる。だから過換気をすると**「苦しい」が来るのが遅れる**。酸素は増えていないのに、警報だけが遅れる。結果として、苦しくないまま酸素が尽きる

どこまで落ちるのか — 意識の下限まで、余白はほとんどない

Lindholm と Lundgren は競技ダイバー9名に最大静的息こらえ(平均284±25秒)を行わせ、終了時の呼気終末酸素分圧を測っている。開始前131.7±2.7 mmHg だったものが、終了時には26.9±7.5 mmHgまで落ちた。うち2名は運動制御を失い、その時点の値は 19.6 mmHg と 21.0 mmHg だった。

意識を保てる下限は、StatPearls によれば 25〜30 mmHg 付近とされる。余白はほとんどない。

そして、浮上が最も危ない

さらに深度が絡むと、最後の数メートルが最大の危険地帯になる。潜降中は水圧で肺の中の酸素分圧が押し上げられているため、体感としてはまだ余裕がある。ところが浮上すると圧力が下がり、肺内の酸素分圧が急落する。

“During breath-hold diving, the risk of hypoxic blackout increases on ascent as arterial oxygen saturation falls below the threshold for consciousness.” — StatPearls, Shallow Water Blackout

水面まであと数メートル、というところで意識を失う。「もう少しで終わり」という場所が、いちばん人が死ぬ場所だ。しかも本人には前触れがない。過換気をしていれば、なおさら来ない。

これがフリーダイビングで「絶対にひとりで潜るな」「必ずバディが水面で待て」と言われる理由のすべてだ。意識を失った本人は自力で浮上できない。隣にいる人間だけが、助けられる。


⑥ 実際にどれくらい人が亡くなっているのか

Divers Alert Network(DAN)は2004年から息こらえ潜水の事故を収集している。年次報告書によれば、

“The mean number of fatalities recorded across this period is 52 deaths, and this was also the number recorded in 2019”

年間およそ52件。 ただしDAN自身が、この数字の限界をはっきり書いている。

“The amount of data captured is only a fraction of all incidents that occur each year. There is no regulation of common breath-hold activities such as snorkeling, spontaneous breath-hold diving, and recreational spearfishing, nor is there a formal reporting system for related incidents and injuries.”

情報源は報道・DANのホットライン・自発的な事故報告システムであり、悉皆調査ではない。実際の発生件数はこれより多いと考えるのが妥当だ。「年52件」を小さい数字と読むべきではない。

対策は、拍子抜けするほど単純だ

DANの安全指針の第一条はこうだ。

“Rule number one in freediving is to never dive alone, even for training.”

そして具体的な運用として、“one up, one down”——ひとりが潜り、ひとりが水面で待つ。交代で潜る。同時に潜らない。これだけで、ブラックアウトの多くは死亡事故にならずに済む。


で、結局どう区別すればいいのか

体で起きていることを基準に整理すると、こうなる。

  • スノーケリング:水面に留まる限り、潜水反射はほぼ起きない。過換気の危険も、浮上時ブラックアウトのリスクも基本的にない。ただし、そこから「ちょっと潜ってみよう」と思った瞬間に、話は次の段に移る。
  • スキンダイビング:潜水反射が働き始め、耳抜きが必要になる。数メートルでも息こらえは息こらえで、浅い場所でのブラックアウトは実在する。バディの原則はここから適用される。
  • フリーダイビング:脾臓収縮も血液シフトも本格的に関与する領域。だからこそ、体系的な講習と安全手順が前提になる。

この記事でいちばん伝えたいことは、「浅いから安全」ではないということだ。シャローウォーターブラックアウトという名前が示す通り、危険は浅い場所にもある。区切っているのは深さではなく、息を止めているかどうか、そして隣に誰かいるかどうかだ。


この記事で確認できなかったこと

  • Craig AB Jr.(1961)の原典:過換気による意識消失を扱った古典的研究で、書誌情報(J Appl Physiol 16(4):583-586)は確認したが、全文が有料で本文の引用ができなかった。本記事では数値を引用していない。
  • 残気量に達する深度:「水深30〜40mで肺は残気量まで圧縮される」という説明が広く流通しているが、査読論文で直接この一般値を述べた記述を確認できなかった。本記事では Schaefer らの実測値のみを扱った。
  • AIDA公認の最新の世界記録:公式サイトを参照できず、確定した数値を掲載していない。なお Lindholm & Lundgren(2009)が挙げる「10分12秒・214m」は2009年執筆時点の記録であり、現在の記録ではない。
  • NOAA・米海軍等、公的機関による定義の原文:いずれも参照できなかったため、定義については指導団体とDANの記述にとどめた。

本記事は査読論文および指導団体・DANの公開資料に基づく情報提供であり、医学的助言ではありません。息こらえのトレーニングは必ず有資格のインストラクターの指導下で、バディとともに行ってください。ひとりでの息こらえ練習(水中・水面を問わず)は行わないでください。