「息を止めていると、だんだん胸が苦しくなります。あれは体の中の酸素が減っているからですよね」
この記事は、息を止めると体に何が起きているのか知りたい方に向けて書いています。
答えから言います。苦しさの正体は、酸素不足ではなく二酸化炭素の蓄積です。 未経験〜わずかな経験者が顔を水につけて止めると、横隔膜が平均89秒で勝手に収縮し始めます。同時に心拍が下がり、血圧が上がります。脾臓(ひぞう、お腹の左上にあり血液を蓄える臓器)も縮み、血液を送り出します。この3つをまとめて「潜水反応」(顔が水につくと自動的に起こる、酸素を節約するための体の防御反応)と呼びます。
持ち帰りは3つです。
- 苦しいのは酸素切れでなく、二酸化炭素が溜まったサインです。 横隔膜の不随意収縮(自分の意思と関係なく起きる筋肉の収縮)は平均89秒後に始まります
- 体は心拍-19%・血圧+42%・脾臓-33%のセットで反応します。 これが潜水反応です
- 深呼吸の繰り返し(過呼吸)は、苦しさを消すだけです。 酸素の減りは止まらず、SpO2(血中酸素飽和度)が5回目に75%以下まで落ちた例もあります
息止めで苦しくなるのは、なぜですか
苦しさの正体は、酸素不足ではありません。血液中の二酸化炭素が増えることです。18人の未経験〜わずかな経験者が、顔を冷たい水につけて息を止めました。横隔膜の不随意収縮が始まるまで、平均89±42秒でした。競技レベルの静的無呼吸(水に潜らず陸上やプールの水面で行う息止め)選手9人でも調べています。止める前は18.9mmHgだった呼気終末CO2(吐く息の終わりに含まれる二酸化炭素の濃度)が、終了時には38.3mmHgとほぼ2倍でした。
横隔膜の「不随意収縮」が生理的な限界のサインです
この収縮は「生理的ブレイクポイント」とも呼ばれます。意識して止めているのとは別に、体が呼吸を再開させようとする合図です。訓練していない人がここで無理に我慢すると、酸素だけが減り続けます。息が長く続かない理由は、息はなぜ長く続かないのかにまとめました。
体は酸素温存モードに切り替わります ー 潜水反応の3つ
顔が水につくと、体は自動的に潜水反応に入ります。酸素を節約するため、心拍・血管・脾臓の3つが同時に動きます。
心拍数は平均19%下がります
18人の未経験〜わずかな経験者が、冷水に顔をつけて息を止めました。安静時は68±12bpmでしたが、無呼吸中は平均54±7bpmまで下がりました。率にして19%です。訓練された素潜りダイバー8人の別の研究でも、同じ傾向がありました。空気中より、顔を水につけたほうが心拍の下がり方は強まります。
血管が締まり、血圧は最大42%上がります
同じダイバー8人が、自転車をこぎながら息を止めた研究です。血圧の上昇率は空気中で34%、顔を水につけると42%まで強まりました(P<0.05)。手足など末梢の血管が締まるためです。心拍を落としながら血圧を上げるこの組み合わせが、酸素を節約する反応だと説明されています。
脾臓が縮み、血液を押し出します
脾臓は酸素を運ぶ赤血球を溜めています。18人を対象にした研究があります。脾臓の体積は197±54mLから、5回目の息止め後に131±40mLまで縮みました。約33%です。別の研究では、20人(うち脾臓を摘出した10人を含む)を調べました。脾臓のある人だけヘマトクリット(血液に占める赤血球の割合)が6.4%増えました。息止めの時間も30.5%(17秒)延びました。脾臓を摘出した人には、この延長が見られませんでした。
表 ー 息止め中に体で起きる変化
| 反応 | 変化量 | 対象者・条件 |
|---|---|---|
| 心拍数 | 68bpm→54bpm(-19%) | 未経験〜わずかな経験者18人・冷水顔面浸水 |
| 血圧 | 空気中+34%→顔面浸水+42% | 訓練された素潜りダイバー8人・運動下 |
| 脾臓の体積 | 197mL→131mL(-33%) | 未経験〜わずかな経験者18人・5回目の息止め後 |
| 不随意収縮の開始 | 平均89秒後 | 同上18人・通常呼吸後 |
| 呼気終末CO2 | 18.9mmHg→38.3mmHg | 静的無呼吸選手9人・平均284秒 |
| SpO2最低値(過呼吸後) | 90.6%、5回目は75%以下の例あり | 同上18人 |
| 脳血流 | 安静時から約100%増加 | エリート競技者(総説) |
過呼吸(深呼吸の繰り返し)は、記録を伸ばす方法ではなく危険です
深呼吸を繰り返してから止めると、横隔膜の不随意収縮が始まるまでの時間は延びます。平均112±49秒です。ですがこれは、苦しさのサインが遅れるだけです。酸素の減りは止まりません。同じ18人の研究があります。SpO2(パルスオキシメーターで測る血中酸素飽和度)の最低値は、通常呼吸後は93.6%でした。過呼吸後は90.6%まで下がりました。5回連続で過呼吸を挟むと、5回目にはSpO2が75%以下まで落ちた例もありました。苦しさを感じないまま酸素だけが減る状態は危険です。詳しくは息止め練習の危険性にまとめました。ひとりで試すと、低酸素で意識を失うブラックアウト(低酸素の影響で意識を失うこと)を起こすことがあります。そのまま浮上できず、救助が必要な事故につながります。
息を止めて力むと、胸の中の圧力はどうなりますか
声門(喉の奥にある空気の通り道を開閉するふた)を閉じたまま力むと、胸腔内圧(胸の中の圧力)が上がります。すると、心臓へ戻る血流が妨げられます。同じ仕組みは医療でも使われています。脈が急に速くなる不整脈の一種に「発作性上室性頻拍」があります。日本循環器学会・日本不整脈心電学会のガイドラインは、これへの対処法を示しています。声門を閉じて力み、胸腔内圧を上げる「バルサルバ手技(10〜30秒の息こらえで胸の圧力を上げる方法)」です。これは医療従事者が管理する場面の手技です。素潜りの練習として自分で試すものではありません。
脳はどうなっているのですか
エリート競技者を対象にした総説(複数の研究をまとめた論文)があります。静的無呼吸の最大努力中に、脳血流は安静時から約100%増加したと報告されています。別の研究では、静的無呼吸競技者11人を調べました。二酸化炭素の蓄積が強い条件では、脳の酸素代謝率(脳が酸素を使う量)が通常の無呼吸より大きく下がりました。脳は酸素消費を抑えながら、血流を増やして酸素を確保しようとしています。
この記事で確認できなかったこと
- 迷走神経刺激手技で不整脈が実際に止まる割合の日本国内データ
- 交感神経の働き(アドレナリン濃度など)を直接測った査読論文の実測値
- 日本人・アジア人を対象にした潜水反応の実測研究
次の一歩
- 胸や横隔膜がピクッと動いても、それは限界ではなく体からの合図です。 無理に我慢を続けないでください
- 深呼吸を繰り返してから止める練習は行わないでください。 危険な理由は息止め練習の危険性にまとめました
- 練習するときは、見ている人がいる場所で行ってください。 意識を失った場合はブラックアウトと救助、浮上直後の酸素低下は素潜り後の急浮上を見てください。共通の注意は安全の原則にまとめました
バルサルバ手技は息こらえを10〜30秒行う.息こらえ解放後に迷走神経緊張が起こるが,この際下肢挙上を行うと効果が高まるとの報告がある — 日本循環器学会・日本不整脈心電学会「2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン」
本記事は2026年8月23日時点で確認できた研究・資料に基づく情報提供であり、医学的な助言ではありません。息止めの練習は、必ず見ている人がいる環境で行ってください。
