「プールで息を止めてみたら、30秒で苦しくなりました。向いていないのでしょうか」
スキンダイビングに興味を持った方から、よく聞く言葉です。YouTubeでは2分、3分と止める人が出てきますし、友だちに「何秒いける?」と聞かれて30秒と答えるのは、少し気が引けます。この記事は、息止めを測って「短い」とがっかりした方に向けて書きました。これから始めるけれど、息が続くか不安な方も同じです。
先に言っておくと、30秒は短くありません。78人の若い大人を座らせて測った研究では、平均がちょうど30秒でした。そして、その30秒は「才能」ではなく、吸い方と、苦しさの受け取り方と、時計の見方で、今日のうちに変わります。
持ち帰りは3つです。
- 最大まで吸ってから止める。 ふつうに吐いた位置から止めるのと比べて、研究では30秒が54秒になりました
- 最初の「苦しい」は限界ではない。 お腹がピクッと動くのは横隔膜が勝手に動き始めた合図で、そこから先がもうひと区間あります
- 時計を見ない。 時計を遅く見せただけで1.41倍に延びた実験があります。延びたのは「苦しくなるまで」の時間でした
ここから下は、その根拠と、やり方です。急ぐ日は、上の3つだけ持ってプールへ行ってください。ただし、ひとりでは試さないでください。理由は最後に書きます。
30秒は、ふつうです
まず「自分は短いのか」に答えます。
78人の平均が、29.67秒でした
2025年に発表された研究で、78人の若い健康な大人(平均21歳・女性47人・男性31人)に、座った状態で最大まで吸ってから息を止めてもらいました。安静時の平均は29.67秒でした。あなたが30秒なら、この78人のど真ん中にいます。
本気で止めると、1分前後です
別の研究では、潜水経験のない81人に2回、最大努力で止めてもらっています。1回目は60秒で打ち切る条件つきで平均54秒、2回目の打ち切りなしでは全体で69秒、男性78秒・女性62秒でした。1回目より2回目が延びるのは、この後に書く「慣れ」の効果です。
つまり、何も教わっていない大人が本気で止めると、だいたい1分前後。30秒は、その半分にあたる「初めて測った日の数字」です。
コツ①:最大まで吸ってから止める
「息を止めて」と言われると、多くの方はふつうに呼吸した位置でふっと止めます。これがいちばん損な止め方です。
顔を水につけた状態で、最大まで吸った場合と、ふつうに吐いた位置で止めた場合を比べた研究があります(16人)。最大まで吸った状態では54秒、吐いた位置では30秒でした。同じ人が、吸う量を変えただけで1.8倍です。
やり方
やり方は単純で、止める直前の1回だけ、ゆっくり、いちばん深いところまで吸います。肩を上げる必要はありません。お腹がふくらんで、次に胸が広がって、それ以上入らないところで止めます。
押し込む方法は、まだ要りません
肺がいっぱいになったあとに口で空気を押し込む方法(パッキング)を動画で見かけますが、初心者には要りません。肺に余計な圧がかかります。講習で教わるまで手を出さないでください。
コツ②:最初の「苦しい」は、限界ではない
息を止めていると、あるところでお腹や胸がピクッと動きます。たいていの方は、ここで「もう無理だ」と思って吐いてしまいます。
この動きは、横隔膜(胸とお腹を仕切っている、呼吸のための筋肉)が、あなたの意思とは関係なく縮み始めたものです。研究ではこの最初の動きを「生理的ブレイクポイント」と呼び、ここまでを「楽な段階」、ここから先を「苦しい段階」と分けています。
区切りであって、終わりではありません
大事なのは、ブレイクポイントは「終わり」ではなく「区切り」だということです。苦しい段階には、まだ時間があります。経験者が長く止められるのは、肺が大きいからではなく、この苦しい段階を知っていて、そこで慌てないからです。
ただし、ここには線があります。動きが強くなってきたら、止めてください。苦しい段階をどこまで延ばすかは、訓練を積んだ人が、見ている人のいる環境でやることです。初心者の目標は「ピクッと動いても、すぐには吐かない」まで。それで十分に変わります。
なぜ「苦しい」の先で止める必要があるのかは、息を止める練習で、人はなぜ死ぬのかに書きました。苦しさは体を守っている警報で、消してはいけないものです。
コツ③:時計を見ない
3つ目は、ほとんど手間がかかりません。
2019年の研究で、被験者に時計を見ながら息を止めてもらいました。ただしその時計は、実際より最大40%遅く、または速く進むように細工してあります。時計が遅いとき、息止めの時間は基準の1.41倍に延びました。
延びたのは「苦しくなるまで」でした
研究者たちが驚いたのは、その内訳です。彼らは「苦しい段階を我慢する時間が延びるのだろう」と予想していました。ところが実際に延びたのは、苦しくなるまでの時間でした。時計をゆっくり見せただけで、横隔膜が動き始める時点そのものが遅れたのです。
つまり「あと何秒」と数えることが、苦しさを早く呼んでいます。止めている間は、時計から目を離してください。測るなら、見ている人に測ってもらうか、終わってから見る形にします。
力むと短くなります
関連して、78人の研究にはもうひとつ面白い結果があります。暗算をしながら止めると平均33.1秒(安静より+11%)、手を冷たい水につけながらだと32.7秒。一方、握力計を握りながらだと26.2秒で、安静より12%短くなりました。頭を穏やかに別のことに向けるのは効き、体に力を入れるのは逆効果、ということです。
1本目より2本目のほうが、長い
「今日の記録」を測るなら、1本目で決めないでください。
81人の非潜水者の研究では、1回目54秒、2回目69秒でした。経験者14人を測った別の研究でも、1本目から3本目で約1割延びています。体が息止めに慣れる反応は数分のうちに起き、1本目はいつも不利です。
ですので、測る日は軽い1本をはさんでから本番にします。ただし、本数を増やすほど安全側の余裕は減ります。陸で、座って、3本まで。その間は2〜3分あけて、ふつうの呼吸に戻します。
やってはいけない3つ(コツより先に)
ここまでの3つは、次の3つを守ったうえで使ってください。順番が逆になると、コツは事故の作り方になります。
- 深呼吸を何回も繰り返してから止めない。 過呼吸(深く速い呼吸を繰り返すこと)で減るのは二酸化炭素で、酸素は増えません。「苦しい」が遅れるだけで、酸素が尽きる時刻は変わらないので、苦しくないまま意識が消えます
- ひとりでやらない。 陸であっても、座るか横になって、人がいる場所で。意識を失っても本人は直前まで気づけません
- 我慢比べをしない。 横隔膜の動きが強くなったら吐く。記録は「限界」ではなく「余裕のある数字」で残します
海やプールでは、守ることは3つだけです。この記事の3つのコツは、その3つの約束の内側でだけ使ってください。
この記事で確認できなかったこと
- 座る・横になる・立つで息止めの時間がどう変わるかを直接比べた研究(「座るか横になって」は倒れたときの安全のための指示です)
- 「苦しくなってからが半分」という俗説の比率(楽な段階と苦しい段階の長さの比を示した数字は未確認)
- 顔を水につける効果(心拍は下がるが、時間が延びるかは研究で結論が割れている)
次の一歩
30秒は、初めて測った日の平均です。そこから何が変わるかを、今日のうちに確かめてください。
- まず、この記事のタイマーで1本測ってください。 座って、最大まで吸って、時計は見ずに。終わってから数字を見ます
- 2〜3分あけて、もう1本。 1本目より延びていれば、それが「慣れ」です。3本でやめてください
- お腹がピクッとしても、すぐには吐かない。 強くなったら吐く。その感覚を1回知るだけで、次からの30秒が違って見えます
測った数字をどこと比べればいいかは、息止めの平均は何分?に団体の目安を並べてあります。もっと伸ばしたくなったら、息止めは何秒できればいい?で練習のやり方を書いています。どの段階でも、人のいる場所で。それだけは変わりません。
