「日本で、素潜りの事故って年に何件くらい起きているんですか」
この記事は、素潜りが実際どれくらい危ないのかを数字で知りたい方に向けて書きました。海上保安庁が毎年「海難発生状況」を公表しているので、活動別の内訳を引けば済むと思っていました。
答えから言います。引けませんでした。数字が見つからなかったのではなく、そういう区分が存在しませんでした。 これは調査の失敗ではなく、それ自体が答えです。
持ち帰りは3つです。
- 「素潜りの事故は年◯件」という数字を見かけたら、出典を確かめてください。 公的統計にその区分は無いので、どこか別の場所で作られた数字です
- 自分に近い数字として見るなら、磯遊び中の40.0%です。 事故者数は5年で170人と多くありませんが、事故になった人の4割が帰ってきていません
- 海上保安庁の統計を引用するときは、1本の資料の中だけで比べてください。 資料をまたぐと同じ年の数値が1.6〜1.9倍変わります
数えられていません
海上保安庁の「マリンレジャー活動に伴う人身事故」は、活動内容別に集計されています。令和7年速報の区分は、遊泳中・釣り中・サーフィン中・SUP中・スクーバダイビング中・磯遊び中・トーイング遊具中・ボードセーリング中・その他の9つです。水中に潜る活動の区分は「スクーバダイビング中」ひとつだけです。スキンダイビング、スノーケリング、素潜り、フリーダイビングは、どれも独立した行になっていません。
海浜事故の定義文にも出てきません。「海水浴、釣り、潮干狩り、サーフィン、ボードセーリング、スクーバダイビング等の海浜における余暇活動中の事故」の「等」に吸収されています。マスクとフィンで潜っていた人が溺れた場合、その事故は「遊泳中」か「磯遊び中」か「その他」のどこかに入ります。どこに入ったかは、公表資料からは分かりません。
区分そのものが、年で変わっています
過去の速報PDFを1本ずつ開き直すと、令和5年・6年分は10区分(プレジャーボート等乗船中を含む)、令和7年分は9区分(同項目を除く)でした。除外の理由は資料に書かれていません。活動の区分は固定された事実ではなく、集計する側の都合で足したり引いたりされる枠です。 プレジャーボートは除外されると決まった年に統計から消え、スキンダイビングはそもそも一度も足されていません。
それでも読み取れること
区分が無いからといって、この統計に価値が無いわけではありません。
| 活動 | 事故者(5年計) | 死亡・行方不明 | 割合 |
|---|---|---|---|
| 磯遊び中 | 170 | 68 | 40.0% |
| スクーバダイビング中 | 202 | 68 | 33.7% |
| 釣り中 | 1,269 | 419 | 33.0% |
| 遊泳中 | 1,230 | 374 | 30.4% |
| サーフィン中 | 394 | 68 | 17.3% |
| SUP中 | 319 | 10 | 3.1% |
| トーイング遊具中 | 82 | 0 | 0.0% |
| 合計 | 3,866 | 1,023 | 26.5% |
上位4つがすべて3割を超えています。海で事故になった人の4人に1人以上が帰ってきません。対照的なのがSUPとトーイング遊具で、ボードや浮具に掴まっている状態では、事故は起きても致命的になりにくいです。差を作っているのは、顔が水に入っているかどうかに見えます。
素潜りに最も近い区分が、いちばん高いです
磯遊び中の40.0%は、全活動で最も高いです。干潮の岩場で貝を探したり浅場を覗いたりする活動で、海水浴場の外の岩場で、ウェットスーツもブイも無く、一人で、というのが典型像です。もし素潜り中の事故が「磯遊び中」に計上されているなら、この40.0%には素潜りが含まれています。ただし原表にその旨の記載は無く、推測の域を出ません。
沖縄だけは別に数えられています。那覇海上保安部の資料には「スノーケリング中」が独立した行として存在し、令和6年はダイビング中11人に対してスノーケリング中9人でした。全国で独立して数えられていれば、無視できない規模になっている可能性が高いことを示唆しています。沖縄の数字はなぜ溺れる?にまとめました。
引用する前に:同じ年の数値が、資料によって違います
海上保安庁が公表する同じ年の数値が、発表資料によって1.6倍から1.9倍違います。
令和2年の「遊泳中」は、令和4年速報では122人、令和6年速報では231人です。全活動の合計でも、令和2年は562人と997人です。理由は原表に書かれていません。集計範囲の違いか、速報値から確定値への改訂かですが、どちらでも説明しきれません。
言えるのは、異なる資料の数値を並べてはいけないということです。令和2年を562人、令和5年を858人として並べれば「事故が1.5倍に増えた」というグラフが作れます。それは実在しない増加です。この記事の集計は、すべて令和7年速報という1本の資料の中で完結した5年表だけを使っています。
数えられていない、ということの意味
統計に区分が無いのは、事故が起きていないからではありません。数えられていないだけです。日本フリーダイビング協会は事故の報告を受け付けていますが、集計値は公表していません。DANの年次報告も「悉皆調査ではない」と自ら明記しています。素潜りの事故がどれくらい起きているかを示す信頼できる公開統計は、国内にも国外にもありません。
これは2つのことを意味します。この分野には「データに基づく安全対策」の土台が無いこと。そして、自分の身は自分で守るしかないことです。だからこのメディアは、ブラックアウト(水中で気を失うこと)が起きたときに隣の人が何をするかを、指導団体の教材の原文どおり秒数まで書いています。
この記事で確認できなかったこと
- 令和4年速報と令和5年以降の系列が食い違う理由(原表に説明が無い)
- 素潜り中の事故がどの区分に計上されているか(「遊泳中」「磯遊び中」のいずれかと推測。海上保安庁への照会が必要)
- 原因別の内訳(知識技能不足・気象海象不注意・健康起因など)
次の一歩
数えられていない以上、減らせるのは自分の側だけです。
- 潜る前に、水面で見る人を決めてください。 安全の約束(3つ)の1つめが「ひとりが潜り、ひとりが水面で見る」です
- 磯で潜るなら、ウェットスーツかブイのどちらかは必ず持っていってください。 磯遊び中の40.0%が想定している典型像は、浮くものを持たず、一人で、という状態でした
- ヒヤリとしたことがあれば、日本フリーダイビング協会の報告フォームに出してください。 数えられていない状態を変える方法は、いまのところ報告しかありません
練習する場所は、下の「近くの練習会を探す」から都道府県で引けます。
本記事の数値はすべて海上保安庁および那覇海上保安部が公表した資料の原表に基づきます。事故者数・死者行方不明者数は原表の値で、割合は本記事で算出したものです。統計は速報値を含み、後年の資料で改訂されることがあります。
