「右は抜けるのに、左だけ抜けません。私の耳、どこかおかしいんでしょうか」
耳抜きの相談で、いちばん多いのがこれです。両方抜けないなら「やり方かな」で済みます。片方だけだと「自分の耳が壊れているのでは」と思ってしまいます。
この記事は、片耳だけ耳抜きができなくて、潜るのが怖くなっている方に向けて書きました。答えから言います。片耳だけ抜けないのは珍しいことではなく、多くは「左右差」であって「故障」ではありません。 ただし、片耳だけ抜けないまま潜り続けると、抜けない側にだけ圧力差が溜まります。両耳とも抜けないときには起きないことが、そこで起きます。
使ったのは、潜水医学の非営利組織DAN(Divers Alert Network)の資料と、DAN JAPANの会報で答えている耳鼻科医、ダイバーを診ている耳鼻科医の記述だけです。
持ち帰りは3つです。
- 耳管(耳と鼻の奥をつなぐ管)の働きは片側だけ悪いことも、両方悪いことも、同じぐらいある
- 片耳だけ抜けたまま潜ると、水深0.6m分の差でめまいが起こりうる
- 抜けない側を水面に向けて傾ける。それでも抜けなければ、その潜水はやめる
片側だけ悪い人は、両方悪い人と同じぐらいいます
まず「自分の耳は壊れているのか」に答えます。
DAN JAPANの会報 Alert Diver(2020年秋号)で、耳鼻咽喉科ゆうクリニック院長の安井紀代先生がこう答えています。
原因としては、鼓膜の問題、そして耳管機能の問題が挙げられます。耳管機能は片側だけ悪いことも、両方悪いことも同じぐらいあります。 — 安井紀代医師(DAN JAPAN Alert Diver 2020年秋号)
耳管(じかん)は、耳の奥の空間と鼻の奥をつなぐ細い管です。耳抜きは、この管を通して鼻側から空気を送る動作です。管の通りやすさが左右で違えば、同じ動作をしても片方だけ空気が入りません。これが、専門医が診察室で見ている実態です。
同じ記事で安井先生は、鼓膜の側にも原因があると書いています。過去の中耳炎の影響で、鼓膜の一部が薄かったり、動きが悪かったりする人がいます。子どもの頃に中耳炎を繰り返した側だけ抜けにくい、というのはここから説明がつきます。
左だけできない、右だけできない、片耳だけできない——鼻の側の原因
DANの資料『The Ears & Diving』は、耳抜きを妨げるものとして、風邪、花粉症、アレルギー、喫煙、そして鼻中隔弯曲を挙げています。鼻中隔弯曲(びちゅうかくわんきょく)は、鼻の真ん中の仕切りが左右どちらかに曲がっている状態です。資料は、ふだんはほとんど問題にならず気づかれないことも多いが、該当する人は耳抜きに困ることがある、と書いています。
仕切りが曲がっていれば、片側の鼻の通りが悪くなります。片耳だけ通りにくい理由が、耳ではなく鼻にあることもあります。
抜けない側にだけ、圧力差が溜まります
ここからが、片耳だけ抜けない人に特有の話です。
両耳とも抜けないときは、両方が痛いので、その深さで止まります。片耳だけ抜けていると、抜けたほうは平気です。抜けないほうにだけ圧力差が溜まったまま、潜り続けてしまえます。 そこで起きることが2つあります。
ひとつ目:めまい
DANの資料は、片方の耳だけの圧力差が60cmH2O(約2フィート)を超えると、左右の刺激の不均等によるめまいが起こりうる、としています。水深1mがおよそ10mH2Oなので、60cmH2Oは水深0.6m分の差です。ほんの少しの左右差で、三半規管が左右で違う刺激を受けて、視界が回ります。
安井先生も、片方の耳だけが抜けて圧力差がある場合にめまいが起こる、と同じ記事で説明しています。DANによれば、この交代性めまいは最大で25%のダイバーが一度は経験します。水中でめまいが起きると、上下が分かりません。息を止めて潜っている人には、どちらが水面か分からない数秒がそのまま危険になります。
ふたつ目:痛い、の先にある鼓膜と内耳
圧力差が溜まり続けると、次は鼓膜です。DANの資料は、圧力差が5PSI(0.35bar)に達すると一部のダイバーで鼓膜が破れることがあり、10PSI(0.75bar)を超えると大半のダイバーで破れる、と2段で書いています。水深に直すと、耳抜きが全く効いていない場合、3.5mで一部の人、7.5mで大半の人の鼓膜が破れることになります。
3mで止まる耳の痛みが「よくあること」なのは、痛みが先に来て止めてくれるからです。片耳だけ抜けている人は、この止める仕組みが片側で効きません。
鼓膜より奥に、内耳の話があります。ダイバーを長く診ている耳鼻科医の三保仁先生は、無理な耳抜きや、抜けていないのに潜り続けることで、内耳の窓の薄い膜が破れて液が漏れる「外リンパ瘻(がいりんぱろう)」が起きる、と書いています。耳鳴り、回転性のめまい、難聴が出ます。
ひどい難聴の場合には、2週間以内に手術を受けないと、耳鳴り、難聴、めまいが一生の後遺症になります。 — 三保仁医師(Marine Diving web)
「ちゃんと抜けていないのに潜り続ける」が、片耳だけ抜けない人がいちばんやってしまいやすいことです。
どうするか
DANの資料から、片耳だけ抜けない人に効くことを2つ引きます。
1つ目は、詰まっている側の耳を水面のほうへ傾けることです。首を傾けると、その側の耳管が引き伸ばされて開きやすくなります。潜降しながら、抜けない側を上にして、もう一度試します。
2つ目は、それでも抜けなければ、その潜水をやめることです。資料は、耳抜きをせずに潜降を続けると、旅行全体を台無しにするか、永久的な損傷と難聴を招きうる、と書いています。片耳だけの人にとって、この一文の重さは両耳の人の倍です。抜けたほうの耳は何も教えてくれません。
安井先生は「耳管機能の悪い方に合わせた適切な耳抜きが必要です」と書いています。悪いほうに合わせる。 抜けたほうを基準に潜降の速さを決めない、ということです。やり方を変える選択肢は耳抜きができないときに、地上でできる練習は耳抜きの練習に書きました。
強く押さない
片耳だけ抜けないと、つい抜けない側を強く押したくなります。三保先生は、鼻で風船を膨らませて耳管を開く医療器具オトヴェントの解説で、それより強い風船は耳に有害で、外リンパ瘻になる可能性があると書いています。強く押すことは、耳管を開くことではなく、内耳の窓に圧をかけることです。
耳鼻科に行く目安
DANの資料は、潜っている途中で痛み・めまい・突然の難聴に気づいたら中止し、症状が続くなら二度と潜らずに医師に相談する、と線を引いています。耳から液体や血が出る、耳の痛みや詰まり感が数時間以上続く、も受診の目安です。
片耳だけの人に足しておきたいのは、地上で片側だけ詰まった感じが何日も続くなら、潜る前に耳鼻科で耳管の働きを診てもらうことです。耳管の通りが悪いのか、鼓膜の動きが悪いのか、鼻の仕切りが曲がっているのか。どれかによって、やることが変わります。
DANに寄せられる医療相談の少なくとも40%が耳に関するもので、全ダイバーの50%以上が中耳の気圧外傷を一度は経験しています。耳のトラブルは、潜る人の半分が通る道です。
この記事で確認できなかったこと
- 片側だけ耳抜きができない人の割合(「両方と同じぐらい」という専門医の記述はあるが、数値は見つからず)
- 「潜降の最初の数mがいちばん危ない」を示す深さの数値(DANの原文に無く、流通している数字は出典を確かめられず)
- 地上で何日抜けなければ受診か、という日数の公的な目安
次の一歩
片耳だけ抜けないまま潜ろうとしているなら、順番はこうなります。
- 今日、地上で片側だけ詰まっているなら、今日は潜らないでください。 風邪・花粉症・アレルギーの日は、耳管の通りが悪くなっています
- 潜降は、悪いほうの耳に合わせてください。 抜けない側を水面に向けて傾け、それでも抜けなければ少し浮上して、抜けた深さからやり直してください
- めまい・耳鳴り・急に聞こえにくい、のどれかが出たら、その日のうちに耳鼻科へ行ってください。 2週間という期限がある傷があります
まず、自分の耳のどちらが「悪いほう」なのかを地上で確かめるところから始めてください。一緒に潜って耳の様子を見てくれる人を探すなら、下の「近くの練習会を探す」から都道府県で引けます。
本記事は各資料の2026年8月22日時点の記述に基づく情報提供です。症状がある場合は耳鼻咽喉科を受診してください。
