「息って、普通は何分くらい止められるものなんですか」

この質問に正直に答えると、分かりません。調べた範囲では、一般の人を対象に息こらえの時間を測った公的な統計が見つかりませんでした。年齢、体格、喫煙の有無、測定時の姿勢、その日の体調で簡単に数十秒動くものなので、そもそも「平均」という数字自体があまり意味を持たない、という事情もあります。

数字を挙げているページは山ほどあります。ただ、出典をたどれるものには行き当たりませんでした。ですのでこの記事では、平均値を書きません。代わりに2つのことをします。実際に測れるようにすることと、比べるべき線を示すことです。この記事は、自分の息こらえが人と比べてどうなのかを知りたい方に向けて書いています。

先に、今日から変えることだけを書きます。持ち帰りは3つです。

  • まず1回、座って測ってください。 このページの上にタイマーを置いてあります。数字が出るまで、平均の話は自分のものになりません
  • 比べる線は90秒〜2分です。 最初の資格に必要な水準がここで、海で遊ぶだけなら1分あれば足ります
  • 測った数字の半分以下で潜ってください。 伸ばした秒数は余裕にするためのもので、使い切るためのものではありません

ここから下は、その根拠です。急ぐ日は、上の3つだけ持って海に行ってください。


まず、自分の数字を出してください

このページの上のほうに、息こらえ用のタイマーを置いてあります。先に自分の数字を出してから読んだほうが、この先の話が具体的になります。座ったまま、苦しくなったところで止めてください。限界まで我慢する必要はありません。

数字が出たら、下の基準と比べてみてください。


比べる線は、団体の公式要件にあります

「平均」が無い代わりに、はっきりした線が3本あります。指導団体が「講習を受ければここに届く」として設定した水準です。これは誰かの推測ではなく、各団体が公開している要件そのものになります。

目的別に必要な息こらえ秒数の比較。海で10m往復するなら60秒、PADI Freediver 90秒、AIDA2は2分、PADI Advanced 2分30秒、AIDA3は2分45秒。AIDA公認の世界記録は女子9分39秒、男子11分35秒と桁が違う。
図: 各団体の公式要件と AIDA 公認記録から BLUE BREATH が作成。10m往復の60秒は単純計算であって、団体の基準値ではありません。
目的 秒数 位置づけ
海で10m往復する 約60秒 単純計算(団体の基準ではない)
PADI Freediver 90秒 目標(Goal)
AIDA 2 2分00秒 合格要件(at least)
PADI Advanced Freediver 2分30秒 目標
AIDA 3 2分45秒 合格要件

「目標」と「要件」は意味が違います

表の右端を見てください。ここが、団体を比べるときに見落とされやすいところです。PADIは「Goal(目標)」、AIDAは「at least(以上)」と書いています。同じ数字が並んでいても、前者は「ここを目指しましょう」であり、後者は「これを満たさないと認定しません」になります。数字の意味の階層が違うわけです。

ですから「PADIのほうが楽」という単純な話にもなりません。このあたりはフリーダイビング資格 完全比較に書きました。

最初の一枚に必要なのは、長くて2分

まとめると、最初の資格に必要なのは90秒から2分です。ここが最初の到達点になります。いま測って1分に届かなかったとしても、それは短いのではなく、単に慣れていないだけです。息こらえは練習で伸びる能力で、団体の要件はそれを前提に組まれています。


海で遊ぶだけなら、1分で足ります

そもそも、資格を取るかどうかを最初に決める必要はありません。

水深10mを往復するとして、潜降と浮上をそれぞれ毎秒0.5mで進めば片道20秒、往復40秒。水底で少し留まっても、1分前後で戻ってこられる計算になります(これは単純計算であって、団体が示す基準値ではありません)。つまり「1分半しか止められない」というのは、海で遊ぶうえでは何の問題にもなりません。

そして、ここが本題です。

効いてくるのは長さではなく、余裕です

60秒止められる人が、40秒の潜水をするとします。80秒止められる人も、同じ40秒を潜るとします。同じ40秒でも、後者のほうがはるかに安全に、楽しく潜れます。景色を見る余裕があり、判断する余裕があり、何かあったときに対処する余裕が残っているからです。

潜水は、限界の半分以下で行動するのが基本になります。伸ばした記録は余裕を増やすためのもので、使い切るためのものではありません。

ですので、タイマーで出た数字を「自分の潜れる時間」と読まないでください。あれは、条件がいちばん良いときの上限値です。水中では動くぶん酸素を多く使いますし、水圧も水温も緊張も加わります。実際に使えるのは、その半分以下だと考えてください。


世界記録は11分35秒(別の競技だと思ってください)

比較のために書いておくと、AIDA公認の静的無呼吸(スタティック。水面で顔をつけたまま動かずに息を止める種目)の世界記録は、男子が11分35秒(Stéphane Mifsud/フランス、2009年)、女子が9分39秒(Heike Schwerdtner/ドイツ、2026年6月5日)です。

桁が違います。同じ「息止め」という言葉で呼ばれているだけで、実際には別の競技だと考えたほうが近いと思います。参考にすべきは世界記録ではなく、上の90秒から2分の線のほうです。


測るときの注意

最後に、いちばん大事なことを書きます。

陸の上で、座って測ってください。 立ったまま測ると、意識が飛んだときに倒れて頭を打ちます。座って測るぶんには、苦しくなれば自然に呼吸が戻るので、ひとりでも構いません。

水の中には持ち込まないでください。 浴槽・プール・海のすべてを含みます。「浅いから」「短いから」は理由になりません。水の中で意識を失うと、本人にできることは何も残らないからです。海で守ることは3つだけにまとめました(安全の約束(3つ))。

苦しくなったら止めてください。これは限界を試すための道具ではありません。

そして、いちばん誤解されやすいところです。潜る前に深呼吸を繰り返してはいけません。 一見すると長く止められるようになりますが、実際に起きているのは「息を吸いたい」という警報だけが消えることで、酸素の減り方は変わりません。警報を切ったまま走ることになり、これが息止めで人が亡くなる最大の原因になっています。

仕組みは息を止める練習で、人はなぜ死ぬのかに図で書きました。タイマーを使う前に、そちらを読んでください。


この記事で確認できなかったこと

  • 一般の人の息こらえ時間の平均値。 これがこの記事の出発点でしたが、出典をたどれる公表データに行き当たりませんでした。「平均は◯分」と書いてあるページは複数あるものの、いずれも根拠の記載が無いか、たどれませんでした。見つからなかったので書いていない、というのが正直なところです。

  • 年齢・性別・喫煙の有無による差の定量。 差があること自体は各所で言及されていますが、数値で示した一次資料には当たれていません。

  • タイマーの測定精度。 ブラウザ上の計測なので、端末の状態によっては数百ミリ秒のずれが出ます。秒単位で表示しているのはそのためで、これ以上細かい数字には意味がないと判断しました。


次の一歩

測った数字は、そのままでは何にもなりません。使い方は3つです。

  1. 1週間あけて、もう一度同じ条件で測ってください。 座って、同じ時間帯に。1回の数字より、2回の差のほうが自分について多くを教えてくれます
  2. 伸ばす練習は、見てくれる人がいる場所で始めてください。 陸の上で座って測るぶんにはひとりで構いません。守ることは3つだけです(安全の約束(3つ)
  3. 60秒を超えていたら、海で試す前に人のいる場所を探してください。 日本の練習拠点データに、Webで確認できた34件を都道府県つきで載せてあります

この3つを押さえておけば、あとは海で遊ぶだけです。秒数は、その余裕を測る目盛りにすぎません。