SNSで「-100m」という数字が流れてくる。すごいことは分かる。でも、何がすごいのかが分からない。

フィンを履いていたのか、素潜りだったのか。ロープを手繰ったのか、自力で泳いだのか。競技会での記録なのか、個人の潜水なのか。──ここが分からないと、数字はただの数字になる。

この記事は、その読み方を渡す。出典はAIDA International の競技規則 v17.5(2024年3月版)の原文と、AIDA公式の世界記録データだ。

先に、いちばん大事なこと

フリーダイビングの記録は「深さ」や「秒数」ではなく、「どの制約のもとで達成したか」で意味が決まる。

同じ選手が同じ海で潜っても、手段が変われば到達点はまったく変わる。深度種目の世界記録を並べると、それが数字で見える。

深度種目のAIDA公認世界記録。FIM男子137m・女子107m、CWT男子136m・女子123m、CWTB男子129m・女子112m、CNF男子103m・女子86m。
図: AIDA International の公認世界記録(2026年8月21日確認)を BLUE BREATH が作図。

FIM(ロープを手繰って上下する)で137m、CNF(フィンも使わず、ロープも掴まず、素の体だけで泳ぐ)で103m。同じ「深度」で、34mの差がある。 この差はフィンとロープという2つの道具が作っている。

だから「-100m潜った」だけでは情報が足りない。種目名がセットで初めて記録になる。

10種目の正式な定義

AIDA規則 3.1 が定義している種目は10。原文の定義をそのまま訳す。

プールで行う4種目

略号 名称 定義(AIDA 3.1)
STA Static Apnea 気道を水中に入れた状態で、できるだけ長く息を止める
DYN Dynamic With Fins フィン/モノフィンで、できるだけ長い距離を泳ぐ
DYNB Dynamic With Bifins 二枚フィンで、できるだけ長い距離を泳ぐ
DNF Dynamic Without Fins 推進具を使わず、できるだけ長い距離を泳ぐ

STAだけが時間、残り3つは距離で測る。

海で行う6種目

略号 名称 定義(AIDA 3.1)
CWT Constant Weight With Fins フィン/モノフィンと腕で潜降・浮上する
CWTB Constant Weight With Bifins 二枚フィンと腕で潜降・浮上する
CNF Constant Weight Without Fins 腕と脚だけ。推進具もロープを引くことも禁止
FIM Free Immersion ロープを手繰って潜降・浮上する。推進具は禁止
VWT Variable Weight 重り付きソリで潜降し、自力で浮上する
NLT No-Limits ソリで潜降し、浮上も装置(バルーン等)を使ってよい

「Constant Weight(一定重量)」とは、潜降時と浮上時で身につける重りが変わらないという意味だ。ここが VWT・NLT との決定的な違いになる。

VWTとNLTは、競技会には出てこない

この2つは扱いが特殊で、規則に明記がある。

  • VWT は「記録挑戦専用種目(record attempt discipline only)」とされ、AIDAはVWTを含む競技会を公認しない(規則 3.1.1)
  • NLT は「もはやAIDAの公認対象ではない(no longer sanctioned by AIDA)」。ただし過去の記録の履歴は維持される(規則 3.1.2)

つまり、Herbert Nitsch の NLT 214m(2007年)のような記録は台帳に残るが、今から誰かがそれを更新する公式な場は AIDA には存在しない。 ネットで見かける「人類最深214m」がなぜ20年近く止まっているのか、理由はここにある。

プール種目の世界記録

プール距離種目のAIDA公認世界記録。DYN男子325m・女子280m、DYNB男子298m・女子270m、DNF男子252m・女子213m。
図: AIDA International の公認世界記録(2026年8月21日確認)を BLUE BREATH が作図。

25mプールなら13往復、50mプールなら6往復半。息を止めたまま。 これがDYNの世界記録の実像だ。

STA(静的無呼吸)の公認記録は、男子が 11分35秒(Stéphane Mifsud/フランス、2009年6月8日)、女子が 9分39秒(Heike Schwerdtner/ドイツ、2026年6月5日・ブダペスト)。男子記録は17年間、更新されていない。

記録の読み方①:カードの色

競技では、浮上した選手に対して審判団が色付きのカードで判定を示す。この判定が、記録が記録になるかどうかを決める。

規則 4.1.16.1 の定義はこうだ。

“WHITE — performance is OK — full points given for the performance; YELLOW — performance is OK but with penalties; RED — disqualification — zero points given for the performance.” — AIDA Competition Rules v17.5, 4.1.16.1

判定は浮上から30秒〜1分の間に示される(規則 4.1.16)。そして規則には、記録を読むうえで決定的な一文がある。

“No result that includes a penalty shall be treated as an AIDA World or Continental Record.” — AIDA Competition Rules v17.5, 10.2

減点を1点でも含む記録は、世界記録・大陸記録として扱われない。 黄カードが出た時点で、その潜水は「成立はしたが記録ではない」ものになる。

なお、判定に迷いがある場合の扱いも規則に書かれている。

“In the case of any doubt, the benefit of the doubt is given to the athlete.” — AIDA Competition Rules v17.5, 4.1.16.3

疑わしきは選手の利益に。 競技規則としては珍しい書き方で、この競技の性格がよく出ている条文だと思う。

記録の読み方②:15秒のサーフェスプロトコル

深く潜ること、長く泳ぐことと同じくらい、**「浮上してから何をするか」**が競技を決める。

サーフェスプロトコル(SP)は、規則が明確に目的を書いている。

“The purpose of the Surface Protocol (SP) is to provide an objective test of the athlete’s level of hypoxia.” — AIDA Competition Rules v17.5, 4.1.13

低酸素状態にあるかどうかを客観的に測るための手順だ。低酸素が進むと、人はまず「順番どおりに決められた動作をする」ができなくなる。それを検査に使っている。

3つの動作を、15.0秒以内に、この順で

  1. 目や気道を覆う器材(マスク・ゴーグル・ノーズクリップ)をすべて外す
  2. 審判にはっきり見えるOKサインを1回出す
  3. 「I’m OK」または「I am OK」と口頭で言う

制限時間は、気道が水面を破ってから15.0秒(規則 4.1.13.2)。順番を守らなければ失格(DQSP)になる。

「1回だけ」が厳格に定義されている

規則 4.1.13.7 が、何が二重のOKサインとみなされるかを列挙している。

  • 両手で同時にOKサインを出す
  • 一度離してからもう一度OKサインを出す
  • OKサインを水面下に入れてから、もう一度出す
  • 反対の手でOKサインを繰り返す

これらはすべて二重サイン扱いで失格。一方で、OKサインを出したままの手を動かすことは許される。「意識が曖昧なまま、念のためもう一度OKを出す」──それが低酸素のサインだと規則は見ている。

また、口頭のOKはAIDAの全大会で英語と定められている(規則 4.1.13.8)。

浮上後、気道は水に戻せない

“Upon surfacing, the athlete’s nose and mouth must remain out of the water until the jury has communicated their decision.” — AIDA Competition Rules v17.5, 4.1.14

判定が示されるまで、鼻と口は水面上に保たなければならない。少しでも沈めば失格(DQAIRWAYS)。判定が出る30秒〜1分のあいだ、まだ競技は終わっていない。

記録の読み方③:申告と減点

競技では、選手は潜る前に到達する数字を申告する(AP: Announced Performance)。実際の結果(RP: Realized Performance)が申告に届かないと、減点される。

種目 得点への換算 申告未達のときの減点
STA 1秒 = 0.2点 1秒あたり 0.2点
DYN・DYNB・DNF 1m = 0.5点 1mあたり 0.5点
CWT・CWTB・CNF・FIM 1m = 1.0点 1mあたり 1点

規則 10.5.1 の例をそのまま引くと、STAで5分35秒を申告して5分04秒だった場合、差の31秒 × 0.2 = 6.2点が引かれ、60.8点 − 6.2点 = 54.6点になる。

その他の主な減点は以下のとおり(規則 10.3〜10.10)。

違反 減点
早すぎるスタート 5秒ごとに1点
遅すぎるスタート(プール種目) 5秒ごとに1点/30秒超で失格
ターンで壁に触れない 1回につき 5点
壁・ロープ・底を押して進む 1回につき 5点
深度種目でロープを掴む 1回につき 5点
タグを審判に渡せない 1点
安全ランヤードを外す 10点

深度種目では、選手はロープの最深部にあるタグを持ち帰ることで到達を証明する。深度計が申告より浅い数字を示しても、タグを持ち帰っていれば減点されない(規則 10.5.3)。

だから「申告」も競技の一部になる

自分の限界ぎりぎりを申告すれば高得点を狙えるが、届かなければ減点される。届かないどころかブラックアウトすれば0点になる。どこを申告するかの判断が、そのまま順位に効く。 これが競技フリーダイビングの、外から見えにくい面白さだと思う。

同点の場合の決め方まで規則にある。申告と実績の差が小さいほうが上位(規則 4.2.16.2)。宣言どおりに潜った者が勝つ、という設計になっている。

記録の読み方④:ブラックアウトの扱い

競技規則には、ブラックアウト(BO)が起きたあとの扱いが段階別に定められている(規則 5.2.4.8)。

段階 定義
Mild 水面でのBO、回復時間 0〜10秒
Moderate 水中BO(0〜10m)、回復時間 10〜20秒
Severe 水中BO(10〜20m)、回復時間 20〜30秒、または神経症状・減圧症を伴うもの
Extremely severe 20mより深い水中BO、回復時間30秒超、または肺出血など生命に関わる状態を伴うもの

そして結果(規則 5.2.4.10)。

  • Mild … その日はもう潜れない。翌朝メディカルチェック
  • Moderate … 最低1日の休養(当日と翌日)。BOの24時間後と、復帰前の朝に検査
  • Severe / Extremely severe … その大会ではもう潜れない。大会終了まで医師のフォロー

さらに、同じ大会で2回目のBOを起こすと1段階上として扱われ、3回目はどの程度であってもその大会の潜水禁止になる(規則 5.2.4.9)。

競技の規則書がここまで細かくBOの段階と休養日数を規定していること自体が、この競技が何と隣り合っているかを示している。

「世界記録」には団体名が要る

もう1つ、日本語の記事でよく混乱している点がある。

フリーダイビングの国際団体はAIDAだけではない。 CMAS(世界水中連盟)も独自の競技規則を持ち、独自の記録台帳を維持している。日本フリーダイビング協会のサイトにも「AIDA JAPAN」「CMAS JAPAN」の両方の項目がある。

だから「フリーダイビングの世界記録は◯◯m」という文には、どの団体の公認かが付いていないと意味が確定しない。この記事で挙げた数字はすべてAIDA公認記録だ。

なお、AIDAは記録の細分化を認めない旨を明記している。

“AIDA does not recognize any sub-categories of records, such as but not limited to: lake — sea, altitude, under ice, etc.” — AIDA Competition Rules v17.5, 3.2.2

湖と海、高所、氷の下──こうした条件別の記録は作らない。記録は種目と性別だけで区切られる。

記録として認められる場も限られている

規則 3.2.4 によれば、大陸記録・世界記録の対象になるのは、AIDA世界選手権・世界記録公認資格のある国際大会・世界記録挑戦の3つだけ。しかもそれぞれ事前告知が必要で、世界記録挑戦は最低6週間前、国際大会は最低2週間前にAIDAへ届け出なければならない(規則 3.3.2)。

「たまたま深く潜れたから記録になった」ということは起こらない設計になっている。

日本の記録は、どこにあるのか

ここは正直に書く。

日本フリーダイビング協会(Japan Apnea Society)のサイトには /record(競技記録)というページが存在する。しかし2026年8月21日に開いたところ、ページの見出しはあるものの、記録の一覧は掲載されていなかった。

現行の日本記録を、種目別・男女別に1か所でまとめて確認できる公式ページを、この記事の執筆時点では見つけられていない。大会ごとの結果は同協会の「大会速報」に掲載される。

そして、これは補足ではなく本題に関わる。日本語圏で「日本記録は〇〇m」と書かれた記事の多くが、一次ソースに当たれない状態で書かれているということでもある。BLUE BREATH としては、確認できた分だけを書く。

この記事で確認できなかったこと

  • 現行の日本記録。上記のとおり、日本フリーダイビング協会の競技記録ページに一覧が掲載されておらず、種目別・男女別の現行記録を一次ソースで確定できなかった。協会に照会したうえで追記する予定
  • CMASの種目一覧と公認記録。CMAS公式サイトから、種目の正式な定義一覧・略号・現行記録を確認できなかった。AIDAとの種目の対応関係も未確定のまま
  • AIDA規則の最新版かどうか。参照したのは v17.5(2024年3月)。これより新しい版が発行されていないかは、AIDA公式サイトがWebからの直接取得を拒否するため確認できていない
  • 34回大会(2025年・和歌山)の詳細。世界記録データの中に「34th AIDA FREEDIVING WORLD CHAMPIONSHIP WAKAYAMA 2025」が複数回出てくる=日本で世界選手権が開催され、そこで複数の世界記録が出ている。この大会そのものの取材はまだできていない

種目名と、カードの色と、15秒。この3つが分かると、競技の映像はまったく別のものに見えてくる。

浮上した選手が最初にすることは、喜ぶことではない。マスクを外して、指でOKを作って、「I’m OK」と言うことだ。その15秒を見るために、次のライブ配信を開いてみてほしい。

種目ごとの数字がどこから来ているのかは資格の比較記事に、息こらえの秒数の意味は息こらえのトレーニング記事に書いた。